オランダ・ロッテルダムのエラスムス医療センターのティアゴ・モデスト氏らの研究グループは、2001年12月から2014年1月1日まで登録した妊婦のうち、母親の甲状腺ホルモン値が記録されていて、2006年1月31日までに子供を出産し、その後、8歳時点でADHD(注意欠如多動性障害)の検査を受けた母子3873組について、母親の甲状腺ホルモン値とADHDの発症の関係の大規模な出産群追跡調査を分析した。
その結果、妊娠初期の低サイロキシン血症(甲状腺機能低下症)が、8歳時点の小児のADHD発症リスクを上昇させる事が示されたとする分析結果を、Journal American Medical Association.(JAMA Pediatrics)に発表した。(発表誌:2015年9月)
【原題:Maternal Mild Thyroid Hormone Insufficiency in Early Pregnancy and Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder Symptoms in Children 】
ADHD(注意欠如多動性障害)の発症原因については、これまで大掛かりなコンホート(一群)での研究報告がなく、▲「砂糖を摂り過ぎた事がADHDと関係しているの?」▲「ファストフードの摂り過ぎがADHDと関係している…」▲「妊娠中の無理が子供をADHDにしてしまった……?」など、実に好き勝手な憶測が、原因として一人歩きしていました。
日本国内のADHDの患者数は、正確な数が把握出来ていません。
これはADHDの正確な診断を受けた児童がいない為で、軽度の場合、本人も家族も性格の問題だ、などと勝手な判断をして、小児科を受診していないケースもあるからです。
国立保健医療科学院が、日本小児科学会研修指定病院からの報告を受けて、診断が確定された患者数は年間、児童1000人当たり1.2人でした。
ADHDの根本原因が不明のまま、子供が産まれたあと、ADHD症状の不注意や多動性が発現するのは‥‥と言う事に注目が集まり、脳の神経伝達物質のドーパミンやノルアドレナリンの働きが不足している事が分かり、思考を司る前頭葉までドーパミンが届きにくい為、あたかもそれが原因で注意欠陥、多動性、衝動性という3つの症状が現れると考えられるようになりました。
それでも、これから妊娠・出産を控えている女性にとっては、どう対応すればADHDを回避出来るのか、と言う最大の疑問は消えていません。
欲しい情報は、信頼出来る研究機関が、信頼出来るデータに基づき、ADHDの子供を予防出来るのか‥‥それとも予防出来ない、運まかせなのか? と言う不安への答えでしょう。
ティアゴ・モデスト氏らの研究グループは、受精卵から次第に胎児に成長し、脳が発達する段階で、胎児は母体(母親)の甲状腺ホルモンを使って成長をする事に着目。特に甲状腺ホルモンのfT4(free T4、遊離サイロキシン)を調べた。
妊娠期間中、甲状腺刺激ホルモン(TSH)値は変化しないままに、fT4(遊離サイロキシン)の値が軽度に低下するのを、低サイロキシン血症(甲状腺機能低下症)と呼び、CLIA法でfT4が低値(0.85ng/dL未満)の場合に該当。
分析では、甲状腺刺激ホルモン(TSH)は妊婦の正常域にある場合とした。
母親3873人の妊娠中の平均年齢は30.0歳。76.0%に喫煙歴が無く、妊娠早期の低サイロキシン血症は127人に認められた。(fT4が0.85ng/dL未満)
その結果、妊娠初期の低サイロキシン血症と、出生児が8歳時点のADHD診断基準・コナースコアの高値には、人種や母親の年齢、学歴、喫煙歴、世帯収入などで統計調整後も、有意な関係がある事が判明。
低サイロキシン血症の妊婦から生まれた子供は、それ以外の子供よりもコナースコアが7%(95%信頼区間0.3-15)高かった。
また甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)陽性の女性を分析から除外したり、小児の自閉症状やIQで調整しても、結果は殆ど変わらなかった。
ティアゴ・モデスト氏らは今回の結果について、妊娠中の甲状腺ホルモンレベルが子供の神経発達に影響することを示唆するものとした上で、「その機序を明らかにするために、ニューロイメージングや動物実験などを行う必要がある」と提言している。
ここでは甲状腺機能低下症の原因や病態特性については省略しますが、妊娠に関与する可能性が示唆された以上、甲状腺ホルモンの検査を受け、ご自分の甲状腺ホルモン値(TSH値、fT4値、甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb))を把握しておく事が重要です。
最も特徴的な症状としては、足首付近のむくみです。
むくみが大きくても、妊娠を希望していなかったり、妊娠していない場合は経過観察となる場合が多く心配はいりません。
しかし妊娠を希望していたり、妊娠初期で甲状腺機能低下症の兆候が現れた場合は、甲状腺の専門診療科を受診して、適切な診断をしてもらいましょう。
甲状腺ホルモンのfT4値を正常値の範囲内に補充する事で、むくみなどの様々な症状が改善されます。
また胎児の成長に不可欠な甲状腺ホルモンを補充する事で、将来的に子供の知能に影響を与えるリスクを減少できるならば、医師と十分相談してみてもいいかもしれません。
甲状腺ホルモン剤は、適切な服用であれば胎児への悪影響を心配する必要は無いと言われている薬剤です。
ティアゴ・モデスト氏らの大規模追跡調査は、オランダ人を対象としているので、これが直ぐ日本人女性にも当てはまると言うものではありません。
しかし、ADHDの発症原因の解明と同時に、そもそも何故ADHDの子供が産まれるのか‥‥と言う、根本的な疑問は解き明かされていません。
是非、日本でも甲状腺機能低下がADHD患者誕生と関連があるのか、確かめる価値はあると思うのです。